【MMO総合】説得力という「欲求」
MMORPGはかなりいろいろ言われるゲームです。
特にインターネットを介して行われるサービスですから
ユーザーもネットを経由して色々な事を言います。
まあ、例えば私もこのBlogで色々書いてますよね。
曖昧な話の上に長文です。
途中それまくりますから、まあだらだら長文という事で。
私も色々と言う方ですからえらそうな事は言えませんけど、
実際、この要求って聞く必要があるんでしょうか。
例えば家庭用のゲームだと、加工されきってますから
発売された後に要望が出される事なんてありません。
家庭用のゲームって、その時点で完全に完成していなければ
いけない分、要求される度合いがすごく違う気もします。
当然ですけど、どういうことが面白くて、それをどう再現して
遊ぶ人にどう楽しんでもらうのか、しっかり作られてます。
もちろん、そのニーズを満たせない物は駄目なゲームとして
見向きもされないまま、潰えていきますよね。
でも、ネットゲームは違います。
パッチを当てれば改良できるという部分から、未完成な状態でも
平気で出してしまう場合が多い様に感じます。
もちろん、バランス調整とか実際にやってみないとわからない事や
テストだけじゃ発見できない要素とかもあるのかもしれません。
特に「不特定多数の人間が同時にひとつの舞台で遊ぶ」という部分が
一番ネックになっているのかも知れません。
そんなネットゲームでは、比較的プレイヤーの要望が
提供者側に寄せられて、修正されたり追加される事があります。
普段散々書いていて、こういうのは何ですけれど、
本来はそんな要望を受け入れなくても良い状態まで完成して
いなければ駄目なんじゃないかな、という考えがちょっとあります。
ネットゲームでいう、舞台となる世界にはそれなりの世界法則があって、
現実世界にいるプレイヤーが理解できる範囲で摂理が設定されてます。
例えばそれは「ファンタジー」「SF」「戦国時代」というジャンルによる物で
あったりしますよね。
戦国時代でビーム、とか出てきたら違和感がある、というのがいい例かな?
戦国時代なのに現実のイベント・・・例えばバレンタインデーとかクリスマスを
導入されても、違和感ばかりが目立って世界が台無しになったりします。
細かい部分で言うと、例えば一番よくあるのが「戦闘」に関する部分は
どのゲームでもよく持ち出される話題のひとつです。
私が一番よくきく話だと「格闘」という戦闘方法の扱いについて、
特に色々な不満が出たりしているみたいです。
どうしてそういう不満が出るのか、というと人によって「格闘」というものの
定義自体が違う事が最大の理由みたいです。
銃相手で格闘で勝てるのかどうか、なんて人によって意見違いますよね。
その世界の「格闘」という戦闘技術では、果たして銃相手に勝てるのかどうか。
勝てないのであれば、どうしてそんなものが戦闘技術として準備されているのか。
格好いい言い方をすれば「それはロマンだから」といえるのかもしれません。
でも、私は単に「世界法則としての摂理がちゃんとしてないから」と最近特に
思う様になりました。
長くなりましたけど、ここからこのエントリのタイトルのお話です。
要望や欲求は何故生まれるんでしょうか。
プレイヤーはMMORPGに対して、ある種の欲求を持ってますよね。
夢、ロマン、格好いい自分、やりたいことが出来る事。
その大半は、「自然の摂理としてあり得る事」なんじゃないでしょうか。
例えば・・・「騎乗生物に乗りたい」「家が欲しい」というのはどのゲームでも
よく出る話題ですよね。
これはその世界であれば、動物に乗る事は出来てもおかしくない筈だ、という
自然の摂理としての欲求ですし、「家が欲しい」なんて、その世界で生きている
自分の分身がいて、日常を過ごしているというイメージから出てきたりします。
もちろん、騎乗生物に乗れば早く移動できるだろうから、とか住居があれば
当然、お店や倉庫として使える筈だ、とか「有利になる」為の要素も持ってます。
ゲームを作っている人も、当然そういう事には気づいてる筈・・・なんですよね。
だって、こんなのどのゲームでも必ず言われる事だし、求められる事だから。
ゲームによっては、キャラクターの髪に長髪が無かったり、ゆったりした衣服が
全然準備されてない場合だってあります。
アナーキーオンラインはSFという事もあるんだと思いますけど、ドレスといわれる物は
どれもセクシー系のタイトな物しかなかったりします。
一応ローブとかもありますけどね。海外らしく、可愛らしい物は余り在りません。
長髪はあるんですけどね。風になびいたりしません。固まってます。
何故、求められると予想できる部分が計画に入っていないんでしょう。
一番大きい理由は技術、と言われるのかも知れません。
その中には「手間」という意味も含まれていると思います。
長髪を入れれば、当然のように風にたなびく事を求められますし、
そうなるとどんどんと入れないといけない要素が増えていきます。
有利不利が生まれる物については「バランス」という名目で導入されない場合も
結構ありますよね。
人は「そこにあって然るべき物」が無ければ違和感を感じます。
これは概観(物や人)であったりすることも多いですけれど、もっと広い意味で
自然現象や摂理、何かをした時の反応まで含めて考えてみるといいかも知れません。
例えば「剣を横なぎに振るう」なら、狙った対象はもちろん、剣の届く範囲にいる
ほかの対象にも攻撃が当たって当然、ですよね。
D&Dオンラインではそういう物が再現されているそうです。
でも、そういう要素は「ゲームバランス」として取り入れられない場合が多いです。
何故なら「有利不利」が明確になってしまうから。
ゲームとしてみた場合、有利不利はあまり生まれてはいけない、というのが
当然の理屈として成り立ってます。
でもね。
本来、ゲームバランスと自然の摂理は、イコールであるはずなんです。
ゲームバランスとして調整を行ったら、自然でなくなってしまった為に
不満が殺到することは良くあることです。
強すぎる、弱すぎる、というのは結局、バランスが悪いのではなくて
そのワールド法則から綺麗に連想できない為、というのは言いすぎでしょうか?
強い物には必ず弱点があります。
上で書いた銃は、現実世界でも確かに強いです。
でも、銃は壊れる事もあります。弾丸を補充しなければ撃てません。
何より、それなりの射撃技術が無ければ当てる事も出来ません。
素人の銃さばきに達人の格闘家は勝てない、だから不満が出るんじゃないでしょうか。
ゲームのバランスを重視しすぎて、自然の摂理から離れた発想をすると
どんどんと取捨選択のバランスが崩れていく様な気がします。
例えば絵を描く時、頭ばかり気合が入って、体とのバランスが取れない、とか。
そういうのにとても似ている様に思えます。
MMOで、全てをリアルに、自然の摂理をそのままに導入は不可能な事です。
でも、「自然っぽく見せる」「当然の様に見せる」、見せかける事は可能です。
全てをリアルな風に見せられないからこそ、「テーマ」があるのかもしれません。
銃撃戦、戦闘の楽しさ、生活している雰囲気、色々ありますよね。
テーマは「どの部分に絞り込むのか」という、カテゴリ的な物なのかも。
そもそも「それらしく見せる」のはゲームに限らず何にでも言える事です。
脚本でもそうですし、絵もそうです。演技なんかもそうですよね。
そういえば以前、ゲームでの重力という話を聞いたことがあります。
ゲームの中でキャラクターがジャンプするとき、現実と同じだと爽快感が
余りないそうです。
だから、「ジャンプしてますよ〜」という雰囲気を出す為に早さは距離、
放物線とかかなり緻密に調整が必要となるそうです。
真実と同じに、ではありません。
「それっぽく」がキーワードだと思います。
システムばかりに気をとられて、「それっぽい」空気が作れていない物が多いです。
どんなに効率的で、無駄がなくて、理屈として成立したとしても、
それに触れるのが現実に生きる人間である限り、人間を説得できるだけの
筋を通さなければ意味が無いんだと思います。
少し話がずれますが、世界の法則って結構重要です。
SFでは解説的なシーンが多いのは、観客にその世界での「当然」である事を
アピールしなければならないから、だそうです。
ファンタジーが多いのは、説明を余りしなくても大抵の人がその世界の「当然」を
前もって知識として持っているから「黄金パターンなジャンル」なんだそうです。
その世界で当然な事を見せる事は、イコール演出になるのかも知れません。
まあ、このお話に限らず、人を説得できなければ面白さ以前のお話ですよね。
生活が面白いんじゃなくて、今そこにある自然な流れこそが命、なのかも。
そういう流れを作る、筋を通した世界を組み立てるのがプランナーさんの
お仕事なんじゃないか、とMMO限定ですけど思いました。
最近ぼんやりとそんな風に思っているAngelicaでした。